高校受験

2005年01月28日

不合格なら中卒覚悟で臨んだ都立高校の受験。

5科目も受験しなければならないので大変だ。
私立と違い、面接がないので、テストの点数のガチンコ勝負となる。
私の内申点はかなり悪かったので500点満点中270点以上取らないと合格できない。
各科目平均55点くらい取らないといけないので結構プレッシャーだ。

受験会場では、昼休みに見張りを立たせてトイレで一服した。
大事な受験なのに何やってんだろう?と今更ながら思う。
本当にバカだ。

受験翌日、中学で自己採点をすると何故か点数が結構取れている。
325点だった。
担任の先生もホッとしたようだ。
社会80国語70数学60理科60英語55くらいだったかな。
英語なんて三単現も知らない(ホントに実話)のに、よく点数取れたと思う。不思議だ。
内申点が普通程度あれば、もう1ランク上の高校にも十分合格できる点数だ。

発表を見に行ったが、もちろん祝合格祝
中学がブレザーだったので学ランの高校に合格できて素直に嬉しかった。
なによりも某工業高校へ行かなくて済んだ事はよかった。
あそこへ進学するくらいなら、中卒の方がマシって思ってたし。
事実、知り合いがその某工業高校に進学したけど、余りの校則の厳しさに速攻中退した。

高校入学後、担任の先生に聞いたところによると、入試の成績がクラスで3番だったらしい・・・。
二週間の受験勉強にしては最高の結果に終わった。
このころから自分は「天才」だと勘違いするようになった(笑)。

おわり
いずれ気が向いたら大学受験編を連載します。


at 01:22コメント(0) 

2005年01月27日

商業科の小学生問題を解いた翌日、大田区の某工業高校機械科(男子校、偏差値42))を受験した。

学力テストは昨日同様、基本的な問題ばかりで2週間しか受験勉強をしなかった私でさえ手応えがあった。

前日同様、問題は面接。
この高校の面接は異色で、学力テストの後、同じ教室の前の方で受験生の目の前で順番に面接する方式だった。
順番が回ってくるとわざわざ廊下に出て、受験生が居並ぶ教室に入り、教卓のあたりで試験管と1対1で面接をする。

他人の面接を見ることができるので最初は面白かったが、さすがに私の順番までかなりの人数を待たされると飽きてきた。
面接の傾向は、まず皆に同じ質問(併願校等)を聞いた後、個別の質問が少々。
中には私立受験なのにボンタン(変形学生服)を着てきたバカが居たが、そういう不良っぽい奴は2次面接があるらしく、意味不明な封筒を持たされて次の面接会場を指定されていた。

私はもちろん真面目っぽく装っていたので、2次面接に行かされる奴を「バカだなぁ」と思いながら面接の順番を待った。
2時間程待ってやっと私の面接の順番が回ってきた。
まずは型通りの質問。私は問題なく回答する。
いよいよ個別質問かと思い身構えると・・・。

試験管「君、目付き悪いね。」
私「そうでしょうか?」
試験官「いや、かなり目立つよ」
私「自分ではそんなつもりはありません。」
試験官「いや、見てるとかなり目立つよ」

確かに、東京都最低の偏差値の高校なのでいつでも臨戦態勢だったかもしれない。
しかし、曲がりなりともここは「受験会場」である。
自分でも気を付けていたつもりだったので、相当ムカっときた。
続けての個別質問。

試験官「都立高校に合格したらどうしますか?」
私「もちろん都立高校に行きます。」

腹が立ったのでケンカ越しになって、かなり印象の悪い答え方をした。
すると、
試験官「じゃあ、この封筒を持って指定された場所へ行ってください。」

キターーーーーーーーーーーー。

私も「謎の封筒、2次面接」になってしまった。
渋々封筒を受け取って、2次面接の控え室に行った。

2次面接の控え室は、校舎の最上階に設置されていた。
いるわ、いるわ、アホっぽいの。
こいつらと同類か、と腑に落ちなかったが2次面接の順番を待った・・・。

しかし、ここでも私の順番まで2時間待った。
さすがに途中で帰ろうと思ったが、学力テストの手応えがあったので、自分の順番まで我慢することにした。
2月の寒い中、既に日が暮れる頃、やっと2次面接の順番が回ってきた。

面接室は別に用意されており、そこに入ると高校の理事?連中らしき年配の方々が数人並んで居た。
まずは型通りの質問。
かなりフレンドリーだ。
一通りの質問が終わった後、いきなり身体検査が始まった!

老人試験官「じゃあ、そこで立ってみて。」
私「はい。」
老人試験官「手を真っ直ぐ向けて、指を順番に曲げてみて。」
私は言われた通りに、モルモットの様に起立して指の運動をして見せた。
老人試験官「では、その状態で回転してみて。」
私は言われた通りに、コマの様に回転して見せた。
老人試験官「はい、わかりました。」

って、おーーーーーい。
何がわかったんだよーーーー。
大人ってバカな奴もいるもんだ、と人生で始めて感じた一日でした。

面接は以上で終了。
合計4時間も待たされた挙げ句に、身体検査。
屈辱感に耐えながら帰宅した。

翌日、担任の先生に報告すると、担任も「それは、ひどい」と同情してくれた。
翌年の受験指導の参考になれば幸いである。

さて結果は・・・。

結果発表は、本人がその高校まで合否結果の通知が入っている封筒を受け取りに行くシステムだった。
既に不合格を確信していたので、普段通りの制服で取りに行った。
ワタリ42cmのボンタンに開襟シャツ。靴下は赤で靴はスェードのモカシン。もちろん首には金ネックレス(今考えるとダサダサ)。

半ば引ったくる様に選考結果が入った封筒を受け取り、帰りの蒲田行きバスの中で見てみると・・・。

補欠合格・・・。

この補欠というのは純粋な意味での補欠ではなく、「校則を守ります」という誓約書を保護者と本人に書かせて、それを提出すれば「合格に切り替える」というもの。わざわざ補欠合格者説明会なんてものがあって、母が出向いた記憶がある。

もしこの高校しか合格しなくても「絶対行きたくない」と思っていたので、少しほくそ笑んだが、あまり嬉しくなかった。

さて当時の私は、背水の陣で次の都立高校の受験に臨んだのであった。

その4へつづく。


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某工業高校の合否通知書。
何故か未だに母が保存していた。
もしかしたら親は少し嬉しかったのかもしれない・・・。

at 00:44コメント(3) 

2005年01月25日

高校受験に向けて何も準備しないまま2月を迎えた。
しかし、新聞に都立高校の入試倍率が発表され、本命の都立高校の倍率が2倍を超えていたのを見て「少し勉強しなきゃ」とやっと思い始めた。

とりあえず手に入れた本は、「都立受験5科目総復習」みたいな本。
この本のみで2週間だけ受験勉強をした。
2週間で中学3年間をマスターした「つもり」になり、受験に臨んだ。

最初の受験は目黒区にある某男子校の商業科(偏差値42)。
数学の問題、最初の何問かは明らかに小学生の算数の問題だった(ホントに実話)。
桁数の多い掛け算とか、分数の計算とか、小数の計算とか。
小学生の時、神童と呼ばれていた私には楽勝問題だ。
学力テストに関して合格最低点は楽に取れただろう、と自信があった。

問題は面接。
私立高校の面接は、偏差値の低い学校ほど面接「重視」となっている。
これ以上、程度を悪くしないための「不良排除」が目的だと思う。
そういった情報は事前に得ていたので、受験当日の制服は標準服を着て、髪型もサイドバックにして普通っぽくした。

この高校の面接では、
「柔道やっているのですか。入学したら是非柔道部で活躍してください。」と面接官。
終始和やかに進んだので、合格を確信しましたよ私は。

しかし結果は不合格。
担任の先生に母が報告すると、どうやら一緒に受験した中学の仲間が学力・面接ともにダメだったらしい。同じ仲間だと思われたので不合格になったのだろう、とのこと。
なんじゃそりゃ!連座制かよ!!
しかし、私を不合格にした某高校商業科も私が将来簿記の講師になるとは思わなかっただろう。
見る目がないな、ボケども。

失礼しました。
その3へつづく。


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冷静に考えると、こんな奴らを入学させたらマズイよね。
私がどれだかは何も言いますまい。
あぁ恥ずかしい・・・。
ちなみに、この中で高校に進学したのは3人だけ。


at 21:19コメント(0) 

2005年01月24日

そろそろ受験の季節がやって来る。今回から私の高校受験の話しを少々。

中学時代は「全く」と言っていい程勉強しませんでした。
中学入学後、一学期の中間・期末は人並みに試験勉強をして総合成績は10段階の8。
試験勉強しなかったらどうなるのか?との単純な疑問から二学期に入り全く試験勉強をせずに試験に臨んだら、結果は同じ8。
やってもやらなくても変わらないじゃん!ってことで以後3年間殆ど試験勉強をしなかった。
もちろん成績は10段階の3まで下がったけど。

授業サボって外で遊んでいる奴も結構いたけど、私は比較的まじめに?登校していたからか、学力テストでも偏差値はずっと46?49くらいだった。
授業中は一番後ろの席でゲームボーイばっかりやってた。
ノートなんか取ったことがない(威張るな!)。

唯一の例外は3年次社会の「公民」。
興味があったのでまじめにノートをとった。面白かったのでついでに少し試験勉強をしたら定期テストで94点だった(答案返却時に少し嬉しくて、ほくそ笑んだのでよく覚えている)。

こんな私でも高校ぐらいは行かないと、ってことで担任の先生と親と相談して受験校を決めた。
本命は偏差値49の都立高校(普通科)。
滑り止めに東京都の最低偏差値42!の私立高校を2校(商業科と工業科)。

さてどうなることやら。
全く危機感のないまま1990年の2月を迎えた。

その2へつづく。


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先週末に所用で飯田橋へ行ったついでに、少し歩いて靖国神社へ。
もちろん「公式」参拝です。
国旗


at 22:29コメント(0) 
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