2005年01月27日

高校受験(その3)

商業科の小学生問題を解いた翌日、大田区の某工業高校機械科(男子校、偏差値42))を受験した。

学力テストは昨日同様、基本的な問題ばかりで2週間しか受験勉強をしなかった私でさえ手応えがあった。

前日同様、問題は面接。
この高校の面接は異色で、学力テストの後、同じ教室の前の方で受験生の目の前で順番に面接する方式だった。
順番が回ってくるとわざわざ廊下に出て、受験生が居並ぶ教室に入り、教卓のあたりで試験管と1対1で面接をする。

他人の面接を見ることができるので最初は面白かったが、さすがに私の順番までかなりの人数を待たされると飽きてきた。
面接の傾向は、まず皆に同じ質問(併願校等)を聞いた後、個別の質問が少々。
中には私立受験なのにボンタン(変形学生服)を着てきたバカが居たが、そういう不良っぽい奴は2次面接があるらしく、意味不明な封筒を持たされて次の面接会場を指定されていた。

私はもちろん真面目っぽく装っていたので、2次面接に行かされる奴を「バカだなぁ」と思いながら面接の順番を待った。
2時間程待ってやっと私の面接の順番が回ってきた。
まずは型通りの質問。私は問題なく回答する。
いよいよ個別質問かと思い身構えると・・・。

試験管「君、目付き悪いね。」
私「そうでしょうか?」
試験官「いや、かなり目立つよ」
私「自分ではそんなつもりはありません。」
試験官「いや、見てるとかなり目立つよ」

確かに、東京都最低の偏差値の高校なのでいつでも臨戦態勢だったかもしれない。
しかし、曲がりなりともここは「受験会場」である。
自分でも気を付けていたつもりだったので、相当ムカっときた。
続けての個別質問。

試験官「都立高校に合格したらどうしますか?」
私「もちろん都立高校に行きます。」

腹が立ったのでケンカ越しになって、かなり印象の悪い答え方をした。
すると、
試験官「じゃあ、この封筒を持って指定された場所へ行ってください。」

キターーーーーーーーーーーー。

私も「謎の封筒、2次面接」になってしまった。
渋々封筒を受け取って、2次面接の控え室に行った。

2次面接の控え室は、校舎の最上階に設置されていた。
いるわ、いるわ、アホっぽいの。
こいつらと同類か、と腑に落ちなかったが2次面接の順番を待った・・・。

しかし、ここでも私の順番まで2時間待った。
さすがに途中で帰ろうと思ったが、学力テストの手応えがあったので、自分の順番まで我慢することにした。
2月の寒い中、既に日が暮れる頃、やっと2次面接の順番が回ってきた。

面接室は別に用意されており、そこに入ると高校の理事?連中らしき年配の方々が数人並んで居た。
まずは型通りの質問。
かなりフレンドリーだ。
一通りの質問が終わった後、いきなり身体検査が始まった!

老人試験官「じゃあ、そこで立ってみて。」
私「はい。」
老人試験官「手を真っ直ぐ向けて、指を順番に曲げてみて。」
私は言われた通りに、モルモットの様に起立して指の運動をして見せた。
老人試験官「では、その状態で回転してみて。」
私は言われた通りに、コマの様に回転して見せた。
老人試験官「はい、わかりました。」

って、おーーーーーい。
何がわかったんだよーーーー。
大人ってバカな奴もいるもんだ、と人生で始めて感じた一日でした。

面接は以上で終了。
合計4時間も待たされた挙げ句に、身体検査。
屈辱感に耐えながら帰宅した。

翌日、担任の先生に報告すると、担任も「それは、ひどい」と同情してくれた。
翌年の受験指導の参考になれば幸いである。

さて結果は・・・。

結果発表は、本人がその高校まで合否結果の通知が入っている封筒を受け取りに行くシステムだった。
既に不合格を確信していたので、普段通りの制服で取りに行った。
ワタリ42cmのボンタンに開襟シャツ。靴下は赤で靴はスェードのモカシン。もちろん首には金ネックレス(今考えるとダサダサ)。

半ば引ったくる様に選考結果が入った封筒を受け取り、帰りの蒲田行きバスの中で見てみると・・・。

補欠合格・・・。

この補欠というのは純粋な意味での補欠ではなく、「校則を守ります」という誓約書を保護者と本人に書かせて、それを提出すれば「合格に切り替える」というもの。わざわざ補欠合格者説明会なんてものがあって、母が出向いた記憶がある。

もしこの高校しか合格しなくても「絶対行きたくない」と思っていたので、少しほくそ笑んだが、あまり嬉しくなかった。

さて当時の私は、背水の陣で次の都立高校の受験に臨んだのであった。

その4へつづく。


c1befdf8.jpg

某工業高校の合否通知書。
何故か未だに母が保存していた。
もしかしたら親は少し嬉しかったのかもしれない・・・。

at 00:44コメント(3)高校受験  

コメント一覧

1. Posted by よしもと   2013年10月07日 19:44
>>普段通りの制服で取りに行った。
ワタリ42cmのボンタンに開襟シャツ。靴下は赤で靴はスェードのモカシン。もちろん首には金ネックレス(今考えるとダサダサ)。
↑この部分読んで思わず自分も同じような格好してたので(爆)コメントさせて下さい。(でも当時はこんな格好してた奴多かったね。)
貴殿の高校受験奮闘気、感動的でした。
その後大学受験でも奮闘され、その後も資格に挑戦されたりと、ただただ脱帽です。
昭和49年生、埼玉のド田舎野郎です。
中学時代はワタリ40のボンタン履いたりして遊んでたけど、荒れてた中学だったからそこそこ勉強もしてたらなぜか進学校に入ってしまいました。が、授業についていけず、何とか卒業したものの2浪してしまいました(爆)。
進学校の落ちこぼれはみじめなもんです。教師は相手にしないし、周囲からは浮くし。
進学校って校則ゆるいからある意味やりたい放題でした。ワタリ44のボンタン履いて金のネックレスして。高3の時その格好で予備校行ったら怖がられました(笑)。年下の彼女に当時の写真見せたら「ダサっ」て。
最近何か勉強しないとと思っていろんなサイトみてたら貴ブログに着きました。
参考にさせていただきます。
2. Posted by 江戸野郎   2013年10月07日 22:26
>よしもとさん
コメントありがとうございます。
同世代ですね(ビーバップと湘爆の全盛期)。
お互いに頑張りましょー!
3. Posted by 立川野郎   2015年02月03日 16:42
S53生のずっと地元立川野郎です。
中学の時はボンタン全盛で3タックワタリ55でした。
親から貰ったお古のネックレスもつけてました。
高校入ってしばらくしたらだんだんボンタン履く奴減ってきましたが、最後までしぶとく履き続けました。
懐かしいおもいでですね。

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