2004年12月08日

バイト遍歴その5(焼肉編)

6~9年前の間のお話。
大学1年の冬休み、短期ではなく長期のバイトをしようと思った。
自宅からそう遠くない飲食店なんかを探した。

求人誌で見つけたのは某女子プロレス直営の焼肉店のオープニングスタッフの募集だった。
「週刊プロレス」を小6から買い続けている私としては非常に興味があった。
自宅からも自転車で5分の距離。

早速、面接に行き、即採用。
仕事内容は夜のホールスタッフと厨房補助。
バイキング形式の焼肉屋でオープン当初は行列ができる程、かなりの忙しさだった。
デビュー前後の新人女子レスラーも駆り出されて一緒に働いていた。
オープンの月は時給850円で10万円以上働いた。それ程忙しかった。

しばらくすると客足も落ち着き、土日以外は余り混まなくなった。
以後コンスタントに毎月5万円程の給料分バイトした。
バイト仲間は結構仲が良く、カラオケや飲み会を開いたこともあった。

オープンから1年経った頃より客足は目に見えて鈍くなってきた。
バイキング形式の焼肉というのは最初は物珍しいが、飽きてくる。
肉はお世辞にも良質とは言えなかったし、なにしろ接客がまずい。
元々プロレスが本業の会社なので、外食産業を行う上での従業員(社員)の教育が徹底していない。
最初こそ人的資源を投入して力を入れていたが、客足が鈍るにつれ働く従業員(社員)の質も落ちていった。
私はバイトなりに丁寧に仕事をしていた、と思う。
社員に意見を言ったこともあったが、バイトが会社のカルチャーを変えるのは難しい。

何だかんだ言って大学4年冬まで3年間もここでバイトした。
途中、会社が事実上の倒産で給料が遅配になったりしたけど・・・。

良いことも結構あった。
経営者一家の人が度々バイト後にラーメン屋に連れて行ってくれた事だ。
ビールと餃子をよくご馳走になった。
あと関係者のパスを貰ってプロレスを見に行ける事もよかった。
後楽園ホールなんて殆ど顔パス状態で入れる。
そこでもビールをご馳走してくれる。
気のいい経営者さん達でした。
そういった気前の良さがビジネスの世界では裏目に出たのかな。
でもビューティーペアやクラッシュギャルズを育てたんだから一時期は相当景気よかったと思う。

このバイト先のお店、とっくに無くなりました。
現在の経営状態は更に悪くなっているようです。→最近のニュース

おわり
バイト遍歴もこれでおしまい。
いろいろバイトしたと思っていたけど5つしかしてないのね。もっとバイトしたと思ってた。


5659c076.jpg

月一回お世話になっているお客さんの所への仕事帰りに渋谷で一枚。
井のヘッド線から山手線に乗り換え。
井のヘッドって呼ぶの私だけ?

at 01:33コメント(0)バイト遍歴  

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